2000年を迎える頃から、食品添加物をめぐる議論が社会的な関心を集めるようになりました。
高度経済成長期の裏側には、急速な人口増加とそれに伴う食料供給の課題がありました。少しでも安価で、栄養価が高く、手軽で保存性もある食品づくりが国を挙げて求められた時代だったのです。
時代が変わり、人口は減少へと転じました。
今、改めて問われているのは「本来の食品づくりとは何か」「美味しさと安全の両立とは何か」ということです。
関心を持つこと自体はとても良いことですが、中には雑誌やネット情報で“添加物=悪”と断定的に描かれることも多く、正しい知識が届かないまま不安だけが広がっている現実もあります。恐怖を煽る情報ほど人目を引きやすいというメディア構造もあり、「危険」と書かれていても、果たして100%避けられるものなのかという視点は欠けがちです。
お客様に尋ねられること
「友人が“無添加が一番”と言うけれど、本当のところどうなの?」——
そんな質問を年に何度か頂きます。
気にしないより気にすることは大切ですが、結論から言えば“完全な排除は不可能”です。学術的にも、医学的にも、自然界の中に存在するさまざまな成分を“ゼロ”にすることはできません。だからこそ、正しい知識をもとに、お客様自身が納得できる選択をすることが大切だと考えています。
必要最小限の添加物という考え方
私たちは、「先人の知恵に基づくハム・ベーコンづくり」の中で、岩塩の中にも含まれている亜硝酸ナトリウムを必要最小限に用いています。
それは「安全」と「伝統的な味わい」の両立のためです。
もちろん、添加物を擁護するつもりはありません。しかし、約90年に及ぶ試験の中で、いまだにこの知恵に代わる確かな方法が見つかっていないのも事実です。
(※セロリパウダーを試験導入したこともありますが、反応の不安定さやコスト面の課題が理由で採用には至っていません。状況によっては、亜硝酸根反応が規定値以上になることも)
ハム・ベーコンの歴史と知恵
古来より、人々は肉を岩塩で塩漬けすることで長期保存と自然な発色、独特の風味を得る方法を見出しました。紀元前から続くこの知恵こそが、ハムづくりの原点です。
その後、衛生学が発達する中で、岩塩に含まれる硝石(=天然の硝酸塩)が重要な役割を果たすことが分かりました。硝石はハム特有の風味や色を作るだけでなく、最も危険な食中毒菌であるボツリヌス菌を抑制する働きも持っていたのです。
ボツリヌス菌は、酸素がない状態・温度3.3℃〜・pH4.6以上で繁殖し、強力な毒素を生み出します。燻製工程は酸素が少ない環境下で60℃前後という条件が重なるため、抑制策として硝酸塩の存在が欠かせません。
また、亜硝酸塩には獣臭を抑え、ハム特有の芳香を醸す効果もあります。いわば、伝統的製法の一部としての“知恵の継承”なのです。
ちなみに、野菜にも天然の硝酸塩が数千ppm単位で含まれており、唾液中で亜硝酸に変化します。ハムやベーコンに使われる量は70ppm以下。自然界に比べてもごく微量です。
無塩せきと無添加の違い
「無塩せき」=発色剤を使わずに塩漬けしたもの。
一方、「無添加」=発色剤だけでなく、増量剤・結着剤なども使わないもの。
この違いを知らずに“無塩せき=無添加”と思われている方も多いのですが、実際には異なります。
無塩せき製品でもリン酸塩や増粘多糖類、卵白などを使って歩留まりを上げることが可能で、いわば“添加物を減らした製品”という位置づけです。
無添加製品は、確かに理想的に聞こえますが、製造上の安全性や風味の安定性という面では課題もあります。特に燻煙工程を伴う製品では、煙中の亜硝酸が付着するため、「発色剤無添加=亜硝酸根ゼロ」にはなりません。
ナチュールハムという新しい選択肢
エーデルワイスファームが提案する「ナチュールハム」は、“無添加でも添加でもない、自然と調和した第三のハム”です。
肉と塩、香辛料と時間が旨味を引き出し、自然の熟成と穏やかな燻しで仕上げます。
使用する亜硝酸塩は安全性確保のために必要最小限。リン酸塩やph調整剤といった保水剤や着色料、保存料などは一切使用しません。
その結果、ナチュールハムは「無添加」よりも遥かに豊かな味と香りを持ち、国際味覚審査(ITI)でも最高評価である三つ星を受賞しました。
つまり、それは“添加物を恐れない”ということではなく、「自然の理にかなった製法を尊重する」という選択なのです。
私たちは、単に「無添加」を目指すのではなく、先人の知恵によって育まれてきた人と自然と科学が調和した“真のナチュール”を目指しています。
私たちが不要と考える添加物 ― リン酸塩
私たちは、そもそも「売るため」ではなく「楽しむため」にハムを作り始めました。
だからこそ、“歩留まりよりも美味しさ”を優先します。
市販品の多くは、結着力や水分保持のためにリン酸塩を用いますが、それは歩留まりを良くするので「安価」で提供しやすく、味や食感を均一にするための“効率の添加物”。
本来の肉の力と時間の旨味を信じる私たちのものづくりには、必要ないものだと考えています。
おわりに ― 正しい知識と誠実なものづくり
自然界の中で完全に“無添加”を実現することは不可能です。だからこそ、どのように、何を、どれだけ使うかという「考え方」こそが本質だと思います。
食は本来、楽しいものであり、美味しく、安全であるべきもの。
誰から学び、誰から食を受け取るのか。
私たちはこれからも、先人の知恵に敬意を払いながら、信用と信頼に足る“美味しい本物”づくりを続けてまいります。