加水ハム・保水ハム・ナチュールハム
私たちが日々食べているハムには、実は製法の違いによって大きく三つのタイプがあります。見た目は似ていても、その中身と味わいの深さはまるで別物です。
加水ハムとは
「加水ハム」とは、製造工程で肉に水や調味液を注入(インジェクション)して、リン酸塩などの保水剤も併用して歩留まりを高め、製品量を増やす製法のことです。効率的でコストを抑えられる一方、肉本来の旨味や繊維感が薄まりやすく、食感はやわらかくてもどこか平坦な印象になります。日本のスーパーでよく見かけるハムの多くは、このタイプです。短期間で大量に製造できるため、価格を抑えて安定供給できる点が大きなメリットですが、伝統的なハムとは異なる方向に進化してきたと言えます。
10kgの原料から12-18kgの歩留まりと言われる
保水ハムとは
一方の「保水ハム」は、加水こそ控えめですが、リン酸塩などの保水剤を加えることで肉の水分を保持し、加熱しても縮まないように工夫された製法です。これにより見た目のボリュームや食感を保ちやすく、業務用としても使いやすい特徴があります。しかし、こうした添加物による人工的な調整は、風味や香りに微妙な違和感を残すことがあります。効率を重視する工業的生産には適していても、素材の生命力や時間の深みを味わうという点では限界があります。
10kgの原料から9kg程度の歩留まりを確保
ナチュールハムとは
私たちが目指す「ナチュールハム」は、そうした効率や合理性の対極にある製法です。加水もせず、保水剤も使わず、原料となる肉と塩、そして時間の力だけで仕上げます。熟成庫の中でゆっくりと眠る肉は、温度や湿度、空気の流れといった自然のリズムの中で、少しずつ旨味を深めていきます。それはまるで、季節の移ろいを味わいに変えていくような工程です。
外から何かを加えるのではなく、もともと肉の中に備わっている酵素やアミノ酸が、静かに働きながら旨味を育てていく。そこに私たちは「人が作る」というよりも、「自然と共に仕上げる」という感覚を大切にしています。こうしてでき上がるナチュールハムには、濃縮された肉の香りと、穏やかな塩味、そしてどこか懐かしい余韻があります。
10kgの原料から6-8kg程度の歩留まりしか出来ません
非効率だからこそ、本物の味が生まれる
ナチュールハムの製法は、効率の面では決して有利ではありません。水を加えない分だけ重量は減り、歩留まりも悪くなります。乾燥と熟成を繰り返す時間は、一般的な製法の何倍にも及びます。それでも私たちは、この手間を惜しみません。なぜなら、旨味というのは時間の中でしか育たないからです。
近年、「無添加」や「ナチュラル」といった言葉が氾濫していますが、私たちが考える“自然”とは、単に「何も入れない」ことではありません。自然の摂理に寄り添い、素材の中に潜む力を最大限に引き出すこと。それがナチュールハムの本質です。何世紀と伝わってきた先人の知恵を受け継ぎつつ、植物にも含まれる最低限必要な亜硝酸塩はもともと岩塩に自然に含まれていた成分。古来、ハムづくりが始まった時代から受け継がれてきた食中毒を防ぐための「安全の知恵」でもあります。
料理人に愛される理由
プロの料理人の方々からは、「火を入れても旨味が逃げない」「ソースの香りを邪魔しない」といった声を多くいただきます。ナチュールハムは、余分な水分を含まないため、加熱時に味が薄まることがありません。また、人工的な香りや添加物の後味がないため、ワインやチーズ、ハーブなどとの相性も非常に自然です。料理人が自分の感性をそのまま表現できる素材――それがナチュールハムです。
原点に立ち返るものづくり
私たちは、ハムを「作る」ではなく「育てる」ものだと考えています。肉の状態を見極め、塩を当て、風を感じながら熟成を見守る。そこには、数字やマニュアルだけでは表せない感覚と経験が必要です。時には一日で大きく変化することもありますが、その変化こそが“生きた食品”である証。だからこそ、自然の恵みと真摯に向き合いながら、一本一本を仕上げています。
効率を追い求める時代だからこそ、手間をかけてでも本物を届けたい。ナチュールハムは、そんな職人たちの静かな誇りから生まれました。