OUR ROOTS ─ 前編
2018年9月6日、未明。北海道全域が三日間、闇に沈みました。地震による大停電のただ中で、エーデルワイスファームの倉庫には、北海道物産展に向けて仕込んだ在庫が、年末の最盛期に匹敵する量で眠っていました。
この記事は、看板商品のひとつ「ベーコン節®」が、経営難と停電が重なった絶体絶命の一夜から、5年をかけて今の形にたどり着くまでの話の前編です。
前編では、着想が生まれた夜から、最初の試作、そして「これは違う」と何度も突き返された2019年の壁までを書きます。もも肉にたどり着き、商品として世に出るまでの後半は、後編に続きます。

停電の夜に生まれた、ひとつの言葉
2018年、エーデルワイスファームは看板商品のベーコンに次ぐ、真に「オンリーワン」と呼べる新商品を生み出せずにいました。スパイスや素材を変えるだけでは、お客様を心から驚かせることはできません。当時依頼していた税理士に会計をおんぶに抱っこにしてしまっていたことも重なり、会社の財務内容は自らの手で悪化させてしまっていた時期でもありました。そんな中、追い打ちをかけるように、数年ぶりの大型台風と、北海道全域を襲った史上初の大停電(ブラックアウト)が発生します。
ブラックアウトが直撃したのは、よりによって北海道物産展を控えたタイミングでした。仕込んでいた在庫は、年末の最盛期に匹敵する量。停電が長引けば、その全量を廃棄せざるを得ません。倉庫の冷蔵設備は、電源が落ちた瞬間から、静かに温度を上げ始めていました。
社長である私は、まだ夜も明けきらないうちに自ら車を走らせ、工事用の機械を貸し出す会社へ向かいました。発電機を借りられるかどうかに、在庫の命運がかかっていたのです。停電で信号も止まった街を抜け、シャッターの下りた店の前で、開店を待ちました。
結果、発電機を借り受けることができ、在庫は難を逃れます。一度は全量廃棄を覚悟した在庫が守られたことは、その後の5年間を支える最初の分岐点になりました。もしあの朝、発電機が借りられなかったら、この記事自体が存在しなかったかもしれません。
北海道は、出汁といえば昆布が主役の土地です。鰹節の塊を買って、自分で削り機にかける経験がある人は多くありません。使うのはもっぱら袋入りの削り節で、鰹節そのものは、当ファームにとってもどこか”よそ行き”の食材でした。
きっかけは、停電から日常が戻り始めた頃、何気なくつけていたテレビでした。海外在住の女性が、日本の鰹節の魅力に取りつかれ、その製造法を学ぶために修行に訪れるという特集。昆布文化の中で育った目にも新鮮に映ったその特集を見ながら、頭をよぎったのは、あるお客様からもらった一言でした。
VOICE
「オタクのベーコンは、西洋の鰹節ね。」
鰹節の製造工程を調べてみると、高熱で燻し、時に熟成させて仕上げるという、ハムやベーコンづくりと驚くほど近い構造をしていました。「もしかして」。翌日、経営者は工場長に、かつお節の製造工程を参考にしながらベーコンをさらに燻し、熟成させてみるという実験を依頼します。前例のない、未知の領域への一歩でした。
3ヶ月後、当ファームの手から、初めての「ベーコン節®」が生まれました。焼きあがったベーコンを、さらに燻し、寝かせただけの試作品。誰もが「悪くない」と口を揃えました。けれど、この手応えの正体はまだ分からないまま、これは5年続く試行錯誤の入り口に過ぎませんでした。
そもそもの始まりは、深く考えてのことではありませんでした。テレビを見たあと、何気なく「作ってみよう」と思い立った、ちょっとした遊び心です。できあがった試作品を、思いつきでSNSに「ベーコン節」という言葉とともに投稿したところ、5分と経たないうちに一本の連絡が入りました。ある上場企業の社外取締役を務める知人からの、「商標は取った?」という一言です。こんこんと30分ほど商標の重要性を説かれ、その場で出願を決意しました。半年後、「ベーコン節®」の商標登録が正式に完了します。遊びから始まった思いつきが、気づけば守るべき知的財産になっていました。
「これは違う」―2019年、突き返された試作
最初の試作から量産できる形になるまで、当ファームは5年の歳月を費やしています。脂の多い部位を使うと苦味が残ったり、燻煙の温度が上がりきらずに柔らかいものができたり。何十キロもの原料が、失敗ロットとして積み上がっていきました。
2019年の初冬、氷温熟成を経たベーコンをさらに熱燻し、数ヶ月かけて熟成させた試作品を、職人たちは期待とともに試食します。しかし待っていたのは、口の中でボソボソと崩れる食感と、酸化した脂がもたらす独特の苦味でした。削り器にかけても、思い描いていた節らしい形にはなりません。最初の試作で覚えた手応えは、この日、いったん消えました。
「これが本当に、私たちの作るべきものなのか」。脂肪の少ない部位を選んで削り直しても、わずかな光は見えるものの、完成にはほど遠いままでした。
試食を頼んだのは、味覚にかけては誰よりも厳しい友人知人たちでした。食のインフルエンサーとして活動する人、大手グルメサイトで日本でも上位に入るフォロワー数を持つ先輩や後輩。そんな面々に、会食のたびに試作品を持ち込んでは食べてもらいます。お酒が入る前は、決まって「美味しいね」というお世辞が返ってきました。けれど、お酒が進むにつれて出てくるのは本音です。「削り器で削ると、どうしても脂が引っかかって綺麗に削れない」「もっとパンチのある旨みが欲しい」。職人魂が折れそうになるほど悔しい言葉を、何度も受け取りました。豚ではなく牛や羊で試してはどうか、というブランドの根幹を揺るがす声さえ出ます。それでも、どの案も決定打にはなりませんでした。求めていたのは何かの模倣ではなく、当ファームだからこそ作れる旨みだったからです。
当ファームが本気になったのは、まさにこの時でした。プロと呼べる食通たちから厳しい言葉をもらったからこそ、当ファームも「プロとして、しっかりとしたものを作ろう」と腹を括ったのです。

現状を打開するには、これまでの常識を超える長期熟成が必要ではないか。そう見込んだ経営者は、2020年1月、50kgもの原料を熟成庫に投じ、「ベーコン節®」をいよいよ本気で世に出す決意を固めます。失敗すれば、その全てが無に帰すリスクを背負っての決断でした。
ところが、その決意は思わぬ形で覆されます。新型コロナウイルスの感染拡大により、当ファームのお取り寄せ需要が急増し、現場は目の回るような忙しさに追われました。ベーコン節®どころではなくなり、熟成庫に投じた50kgは、8ヶ月以上そのまま放置されることになります。結果は無残なものでした。原料は全量がカビに覆われ、廃棄せざるを得なかったのです。
「もう諦めますか」。工場長から、率直な問いを向けられました。経営者の答えは、「いや、進めよう」でした。ただし、同じ製法を繰り返しても同じ結果を招きかねません。捨てた50kgの多くはバラ肉でした。脂の質が独特のえぐみを生んでいることには、私もうすうす気づいていたのです。
ヒントになったのは、鰹節でした。鰹節に使われるのは、サシ(脂)の少ない、赤身の鰹です。ならば、当ファームも脂の少ないもも肉やヒレ肉、ロースの芯を使ってみてはどうか。そう思い立った一方で、頭をよぎったのは別の不安でした。バラ肉を離れてしまえば、もう「ベーコン」とは呼べないのではないか、という懸念です。
手がかりになったのは、ハムとベーコンの製法上の違いでした。燻製したあとに茹でる、または蒸す工程を入れればハムになり、入れなければベーコンになります。当ファームは、この「加熱しない」という一点さえ守れば、部位を変えてもなお「ベーコン」と呼べると考えました。部位を固定せずヒレ、ロースの芯、もも肉と、あらゆる部位で試作を重ねる、新たな挑戦が始まります。
つづく
廃棄した50kgの先に、答えはあったのか。
後編では、もも肉への到達、味の方向転換、そして自動充填機が詰まった量産の壁までを書きます。
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参考資料・出典
本記事は、当ファームが過去に公開した以下の記事をもとに、時系列を整理し、書き直したものです。
